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【R5葛高232・orange】オレンジ色の風に乗せて(弥生)~ オレンジ色の風に乗って~

 教室の窓を開け、まだ冷たい風が入り込む2月末、窓枠にもたれながら「3月なんて大嫌い」と呟いた友人がいた。「別れの季節だから」と言った。「真っ白な冬景色は静かで落ち着いているのに、ところどころ雪が解け、地面が見え始めると憂鬱になるんだ。春が近づいてくる気がして・・・。」とも話した。別れと出会いの季節、春。その友人とはもう何十年と会っていない。今、どこで、何をしているのだろう。

 引っ越しの度に増える記念の写真や思い出の品を保管するべく、なるべく劣化し難い環境を探していた。もう春かと間違うような先週の日曜日、生家の古い机がいいのでは?と急に思い立ち、天気も幸いしたこともあって早速持って行った。学生時代には大切に使っていたのだが、恥ずかしながらこの机で勉強することは一切なく、ここ十数年、荷物置き場とガラクタ収納の役目しか与えていないのだ。持って来た大切なモノを収納するには、まず整理をしなきゃと思い、抽斗を十数年ぶりに開けてみた。ホコリまみれでもなく、カビの匂いもしない。やはり抽斗に入れるのがいいと確信した。一番上の抽斗には、20代の頃に愛用した灰皿やスキットル、携帯用コーヒーミル、インクの出ないペン、景品でもらったトランプなど愚にもつかないものが詰め込まれていた。

 2段目には、いつ、誰が作ったか不明な粘土細工っぽい塊とこれまた誰からもらったのか分からない古いカメラ。一番下の3段目を引くと、何かが引っ掛かって開かない。それではと思い、上二つの抽斗を外し、それを取り除こうと腕を奥に突っ込んだら、いつだったか無理やり押し込んだであろう「く」の字に曲がったファイルが抽斗の邪魔をしていたようだった。そのファイルを取り出すと3段目の抽斗は難なく開いた。アルミ缶の菓子箱二つと学生時代の貯金通帳が出てきた。休眠口座かと期待したが、解約済みだった。菓子箱に何を入れたか全く覚えておらず、抽斗から取り出し開けてみた。手紙だった。一方の箱には教員採用試験にあたって友人から送られた激励の手紙と年賀状や挨拶状が、もう一方の箱には教育実習でお世話になった方々からの手紙をしまい込んでいたらしい。

 懐かしい住所宛の手紙は、新採用時代の様子を尋ねるものばかりだった。恐らく、教員1年目の年度末に手紙を箱にしまって机に入れておいたのだろう。菓子箱にあった手紙はインクも色あせておらず、昨日受け取ったかのようだった。卒業以来会っていない冒頭の友人の手紙もあった。冬と春が入り混じるこの季節に、その友人の表情が目に浮かぶ。

 3月1日を迎えた。式場の3年生は、希望に満ちたキラキラした瞳でじっと前を向き、教室では見せたことのない凛とした表情は、今日から始まる未来に備えているようだ。担任の先生が君たちを呼ぶのも最後だ。今日までお世話になった先生方や家族にお礼を言わんばかりに、大きくはっきりとした声で答える姿を見ると、涙が出そうになる。3年生の担任にとって、卒業式は、一番嬉しく、でも、一番寂しい日かも知れない。昨日まで普通に教室で話ができた君たちは、今日を最後に学校から居なくなる。翌日の教室に行っても誰もいない。

 卒業式までの3年間、君たちの笑顔や他愛もない話でいっぱいだった教室で、君たちは卒業後の夢を描き、ひたすら努力を重ねて、この日を迎えた。式が終わり、最後のホームルームで別れを告げた後、君たちは卒業証書とアルバムを大事に抱え、友人とも再会を約束して校舎を後にする。君たちの誇りに満ちたその後ろ姿を見るたびに、私たちの仕事はこの日のためにあるのではないかと思う位だ。君たちは未来そのものだ。教員の仕事は、未来の担い手である君たちと関わることができる職業なのだ。言い換えれば、私たちの仕事こそ、未来を創ることに他ならない。

 君たちが過ごした3年の月日を経糸に、本校にしかない仲間との出会いと情熱溢れる本校の先生方との出会いと学びを緯糸にして、見えない紙を織り上げたい。その見えない紙は夢でできている。55機の紙飛行機が折りあがったが、色、形、大きさどれをとっても同じものはなく、行き先も55通りだ。紙飛行機は、早春の山渡るオレンジ色の風に乗って、それぞれの行き先を目指し飛び立った。やっと晴れた青空の下、紙飛行機は風を受けてゆっくりと飛んでいった。

 いつも追い風が吹くとは限らない。時には、逆風が吹き荒れる日もあるだろう。そんな時や風が吹かないような日は、いい風が吹くまでそこで待てばいい。風が吹かなければ、風を起こせばいい。風を起こすときには、仲間の力も借りることも考えたらいい。

 私たちはオレンジ色の風が吹く丘で、いつまでも君たちを応援している。時が巡っても、私たちは、君たち以上に熱く、夢を語り、描き続け、挑戦し続けるのだ。君たちの母校から、いつまでもいつまでも、オレンジ色の風を吹かせるために。未来を変える可能性ある若者を育てるために。

 私たち教員は、生徒も含め仕事を通じて人と出会う機会が多い職業でもある。芭蕉の表現を借りるなら、年度の変わり目は「行きかう年」だろう。別れと出会いの春、「行きかう年」を繰り返す旅がまた始まるのだが、私も3月はあまり得意ではないのかも知れない。宿命とはいえ、否が応でも大好きな仲間たちと別れなければならないのだから。

追伸
 とある人物からの誘いで始めさせられた『オレンジ色の風に乗せて』は、これで最終章を迎える。物の弾みだったが、いつの間にか「ことば」の重みに気づかされた一方、想いを「ことば」で紡ぎあげる大切さと楽しさを味わっていた。とある人物の配慮に心から感謝するとともに、とある人物からの厳しい課題がもう無いのだと思うと、どこか寂しい気がする。突然の写真撮影に快く協力していただいた先生、掲載にあたって水面下で尽力いただいた先生方にも心から感謝申し上げたい。

 冬に逆戻りした2月末、卒業を祝うかのように晴れ渡った日、強引に撮影に臨んだ。撮影では、
紙飛行機を三つ飛ばしたのだが、折り紙でつくった弱々しい一機が校舎のトタン屋根の継ぎ目に
刺さってしまい、どうしても取れなくなった。とある人物に話したら、「何かしらの意味があるんじゃないでしょうか。」と暗示めいたことを言うのだ。夕方、校舎を出るとき、トタン屋根の紙飛行機がどうなったんだろうと思い、屋根を見上げたらその姿がない。その時、とある人物の暗示めいた発言の意味がわかったような気がした。

 「みんながみんな一斉に飛んでいくのではない。中には、この校舎を離れがたくて、風に抗い、飛ぶのを止めてしがみついたのだと。でも、いつまでもここにいるわけにもいかないから、覚悟を決め、優しいオレンジ色の風をその小さい翼に受け、自分の力で校舎を離れ、澄み渡った青空を未来へ向かって飛んで行ったのだろうと。」

 風を受けてはためくオレンジ色の校旗がそう呟いた気がした。
 今日も校旗がはためいている。オレンジ色の優しい風が吹く限り、永遠に。                                 

書き人知らず


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